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神戸地方裁判所尼崎支部 昭和50年(ワ)313号 判決 1975年12月26日

原告 延原千恵子

右訴訟代理人弁護士 秋山英夫

被告 仁川学院中学高校父母の会

右代表者会長 鈴木嘉蔵

右訴訟代理人弁護士 俵正市

同 坂口行洋

主文

昭和五〇年七月三日から一〇日間に亘って開催された被告の昭和五〇年度定期総会の、別紙第一目録記載第一ないし第四号議案に関する決議は、すべて無効であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者が求めた裁判

一  原告

別紙に記載した請求の趣旨のとおり。

二  被告

(一)  本案前

本件訴を却下する。

(二)  本案に対し

(1) 原告の請求を棄却する。

(2) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求の原因

一  当事者について

(一)  被告は、仁川学院の中学部・高校部に在学する生徒の保護者をもって組織された任意団体であり、仁川学院の教育目的を達成させるためこれと協力しあるいはこれを後援し、併せて学院と保護者間ならびに保護者相互間の親睦を図ることを目的とするものである。

(二)  被告は、代表者の定めがあり、団体規約(会則)を有し、更に独立の会計をも有しているので、訴訟法上の当事者能力を備えている。

(三)  原告は、被告父母の会の会員である(昭和五〇年七月当時三女千代が同学院高校三年女子部に在学中)。

二  主位的請求原因

(一)  被告は、昭和五〇年七月三日付をもって、同年度の定期総会の議案を各会員に送付すると共に、次の要領すなわち議案に対する賛否を文書で回答する方式の定期総会を開催する旨通知した。

なお、そのとき送付された議案は別紙第一目録記載の第一ないし第四号議案である。

(二)  右通知書によると、総会開催日時は、同通知書発送日(七月三日)から回答書開封日(七月一二日)までの一〇日間とする旨記載されていた。そして、同通知書には「短答式による回答書用紙」が同封され、同用紙による回答すなわち前記議案に対する賛否が求められていた。

(三)  右の通知を受けた全会員一、〇三〇名のうち、これに応じて回答をなしたものは四四三名であり、その内訳は次のとおりである。

(イ) 有効票 四三七名

(ロ) 賛成票 議案により四二三名ないし四二七名

(ハ) 無効票 六名

ところで、前記通知書には「回答に応じないものは議案に賛成したものとみなす。」旨の文書が付記されていたため、被告は、この無回答者をもって賛成者であると言い、本件全議案(別紙第一目録)は、会員の三分の二以上の多数の賛成を得、有効に可決成立したと主張している。

(四)  しかしながら、原会則(右七月三日当時の会則)によれば、「文書回答方式による総会」はとうてい認められないから、昭和五〇年七月三日から同月一二日までの間に同年度の定期総会が開催されていないことは明白である。したがって、本件各議案に対する決議はあり得ないから、同決議不存在の確認を求める。

三  予備的請求原因

仮に、文書回答方式による総会開催が許されるとしても、本件の場合、議案に対する賛成者は前記のとおり四二三名ないし四二七名である。議決権者一、〇三〇名(全会員)の過半数にはほど遠い。したがって、本件議案に対する可決の決議は未だ存在しないから、同決議不存在の確認を求める。

第三答弁

一  本案前

本件訴は次のとおり不適法である。却下を免れない。

(一)  本件訴は、過去において存在した「事実」の有無につき、その確認を求めるものである。しかしながら、単なる事実あるいは過去の権利は未だ確認訴訟の対象とはなり得ない。

(二)  仮に本件訴がいわゆる特殊訴訟としての総会決議不存在確認の趣旨で提訴されたものであるとしても、被告は任意団体にすぎず、その活動が会員の財産あるいは一般社会に対し影響を与えることは殆んどないから、原告は、未だそのような訴を提起する必要もなければ利益もない。

二  本案について

(一)  原告の主張事実中

(1) 請求原因一の(一)、(二)の各事実(当事者)

(2) 同二の(一)、(二)、(三)の各事実(原告主張どおりの総会開催と議案に対する回答)、

はいずれも認める。

けれども、本件総会の開催および決議をもって違法ないし無効とする原告の主張はすべて争う。

(二)  およそ団体の意思決定方法については種々の方式が考えられる。団体性の強弱・経済的活動の程度・一般社会への影響力の程度その他当該団体の具体的事情に従い、それに応じた意思決定方法があるべきである。

本件被告のように、いわゆる親睦団体にすぎず、その会員も在学生徒の「父」であるかそれとも「母」であるかでさえ分明ではない団体においては、その意思決定が他に及ぼす影響も極めて微弱であるから、社員(会員)総会を開催する場合の方式としては、一定の場所に全会員を集合させるいわゆる集会方式のほかに、本件のような書面回答式方式による総会開催ももとより充分に可能である。

第四証拠≪省略≫

理由

一  訴の適否について

(一)  社団の団体意思決定機関である社員総会により行われた「総会決議」は、それが権利の得喪を惹起するものである限り、「法律行為」と解しても誤りではない。これを単なる「事実」とみる見解には賛成できない。

(二)  ところで、一般に、過去における法律関係の存否ないし適否がいわゆる確認訴訟の対象となり得ないことは、被告主張のとおりである。

しかしながら、過去における法律関係の有無を確定することにより、現在における複数の法的紛争を一挙に解決することができるという特別事情がある場合には、例外として過去の法律関係もまた確認訴訟の対象となり得るものと解される。これを本件についてみれば、本件総会決議は、別紙第一目録の四箇の議案(争いがない)に関するため、各議案に応じた紛争すなわち現に複数の法的紛争があると認められるところ、これらは、同総会決議の存否ないし適否を確定することにより一挙に解決でき得ること疑いはない。したがって、本件は右例外の場合に該当すると言えるから、過去における本件総会決議につき、その存否ないし適否の確認を求める訴訟を提起しても別段違法ではない。すなわち本件訴は適法である。

二  総会の存否について

(一)  被告の「昭和五〇年度定期会員総会」と呼ばれるものが原告主張のとおりいわゆる書面回答方式によって開催されたことは当事者間に争いがない。

(二)  原告は、右方式による総会の開催は法的にみて許されない旨主張するので、これについて審按する。

(1)  なるほど成立に争いのない甲第一号証(被告の原会則)によると、昭和五〇年七月三日当時における被告の会則(以下、原会則と呼ぶ)には、書面回答方式によって開催される総会の規定はない。かえって、その第一〇条にある「議決は出席会員の過半数の同意を要する。」旨の文言からみれば、書面回答方式による総会については何らの考慮もしていないと認めるのが正当である。

(2)  しかしながら、原会則は、会長が総会を開催する権限を有する旨を規定するに止まり、召集あるいは開催方法については何らの規定もしていない。これらの点から考えると、原会則が書面回答方式による総会の開催を殊更禁止しているものと解することは困難である。またこのような人格なき社団における社員総会について、その開催方法を特に制限した法規はない。

(3)  そこで、総会開催権者である被告の会長は、適宜の方法により「会員総会」を開催することが可能であると解されるから、書面回答方式による総会の開催もまた可能である。これを違法とすべき理由はない。

(三)  したがって、いわゆる書面回答方式によって開催された被告の「昭和五〇年度定期会員総会」は、適法に開催され存在したというべきである。これを不存在とみる原告の主張は採用の限りでない。

三  決議の存否

(一)  ≪証拠省略≫を綜合すると、

(1)  原会則によれば、被告の会員総会は、会長が開催すべきものと定められ、その議決には出席会員の過半数の同意を、また会則の改正については出席会員の三分の二以上の賛成を要する旨それぞれ定められていること、

(2)  右開催権者である会長は、昭和五〇年七月三日付をもって、全会員一、〇三〇名に対し、原告主張どおり「定期総会の開催」を通知し、別紙第一目録記載の第一ないし第四号議案を送付すると共に、それに対する賛否を、同封の回答書用紙によって回答するよう求めたこと、また同回答書用紙の欄外に「回答がない場合は議案に賛成したものとみなす」趣旨の文言を特に記載したこと、

(3)  右通知を受けた会員のうち、四四三名がこれに回答したところ、その内訳は原告主張のとおりであり最も多数の賛成を得た第一、二号議案でも、賛成者は四二七名にすぎなかったこと、

(4)  ところが、右開催権者である会長は、右の全議案に対して会員大多数の承認決議を経たと言い、昭和五〇年七月一五日付文書をもって、その旨を全会員に通知したこと、

がそれぞれ認定できる。

(二)  右認定事実によると、書面回答方式により開催された前示総会において、各議案に対する賛否が問われ、可決か否決かいずれかの議決が行われたことは疑いがない。

四  決議の効力について

(一)  前示認定の本件総会において議決権を有したものは、総会を構成した被告会員の全員すなわち一、〇三〇名である。

したがって、本件の場合、議案を可決するためには、すくなくとも議決権者(会員)の過半数である五一六名の賛成を必要としたにも拘らず、僅か四二七名の賛成を得たに止まったことは前示認定のとおりである。

(二)  ところで、賛否の回答を全くなさなかった議決権者は計数上五八七名に達しているところ、これら議決権者に送付された前示回答書用紙の欄外に「無回答者は賛成者とみなす」趣旨の文言が記載されていた点から考えると、これら無回答者もまた各議案に対する賛成者ではなかろうか、と疑う余地がないでもない。

しかしながら、社団においては、定款に別段の規定がある場合は別として、社員総会に出席した議決権者に対し、その議決権行使を強制することは許されない。言い換えると、議決権者は、特定の議案に対しては、賛否の意見を留保する自由すなわち「棄権」の自由を有するものである。

したがって、これについて原会則に何らの規定もない被告の会員総会において、前示回答書用紙に「賛成者とみなす」趣旨の文言を記載することは、前示「棄権の自由」を違法に侵すものであり、これによって議決権者(会員)を拘束することは許されない。そこで、本件総会における前示無回答者五八七名は、各議案に対し、賛否の意見表明を留保したもの、すなわち、各議案に対し賛成はしなかったものと認めるのが相当である。

(三)  右に見たとおり、本件の場合、議案を可決するためには、すくなくとも議決権者(会員)の過半数の同意を必要としたにも拘らず、別紙第一目録記載の各議案に対しては未だ右にいう過半数の同意がない。したがって、同総会でなされた決議は、いわゆる可決決議には該当せず、無効の決議というべきものである。

五  よって、前示決議の違法を主張する原告の本訴請求を正当として認容し、決議無効を確認すると共に、訴訟費用は敗訴の被告に負担させるものと定め、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田義康)

<以下省略>

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